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東京地方裁判所 平成8年(ワ)12799号 判決

原告(反訴被告。以下「原告」)

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

松浦安人

松本和英

被告(反訴原告。以下「被告」)

乙川次郎

右訴訟代理人弁護士

戸田信吾

被告

東京都

右代表者知事

青島幸男

右指定代理人

右田良文

外三名

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金三三〇万円及びこれに対する平成七年九月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  被告乙川の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの負担とする。

五  この判決の第一項は、仮に執行することができる。ただし、被告らにおいて金一〇〇万円の担保を供するときは、担保を供した被告は、右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一  請求

一  本訴請求

主たる請求の金額を一一四〇万円とする外、主文第一項に同じ。

二  反訴請求

原告は、被告乙川に対し、九七万二一七二円及びこれに対する平成七年九月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  当事者の主張

一  原告の本訴請求の原因

1  事件の発端

(一) 原告は、平成七年九月七日午後四時ころ、有限会社プロパーテック(代表者原告)の経営する本件駐車場(東京都大田区蒲田〈地番略〉所在、「○○パーキング」)の事務所から、同駐車場内に無断で駐車しているワゴン車(本件車両)を認め、これに近づき、助手席(左側)に乗車していた被告乙川に対し、「ここは月極の有料駐車場なので、無断侵入、不法駐車は困る。車止めを掛けるよ。」と声を掛けてしゃがみ、チェーンにより二個の部品を結んで施錠し、車輪を固定する車止め(チェーンロック)の装着のため、チェーンの付いている側を右前輪の後部に置き、チェーンを右前輪に回した。

(二) 被告乙川は、運転席側(右側)のドアから降り、「なんだてめえ、この野郎、こんなものを掛けちゃって、このばか野郎。」と怒鳴り、作業を中断して立ち上がった原告の左右のあごを手拳で一回ずつ殴打し、原告の胸ぐらを右手でつかんで本件車両に強く押し付け、左手に持ったボールペンで原告の鼻の右下部を抉って長さ約三センチメートルの引っかき傷を負わせ、さらに、左手で、原告が右手に持っていた車止めの部品(チェーンの付いていない側)をつかんで奪い取ろうとし、右手を頭上に挙げて抵抗した原告ともみ合いとなり、その際、同被告が力任せに引っ張った弾みで車止めが同被告の後頭部に当たって受傷したが、なおも胸ぐらをつかんで原告を本件車両に強く押し付けたまま、「なんだ、てめえ、このばか野郎。何でこんなことしやがった。」、「てめえみたいな大人がいるからこの世の中が悪くなる。」などと怒鳴った。

(三) 原告は、同日午後四時三〇分ころ、通報により現場に来たA巡査部長(警視庁蒲田警察署(蒲田署)地域課地域第一係)に対し、無断駐車した本件車両に車止めを掛けようとし、被告乙川から、殴打され、胸ぐらをつかまれて本件車両に強く押し付けられるなどの暴行を受け、車止めを奪われそうになってもみ合いとなり、弾みで同被告が自ら車止めを頭にぶつけて受傷したと説明し、車止めを拾い上げて事務所に戻った。

(四) 原告は、同日午後五時ころ、A巡査部長から、「もう少し詳しく事情を聞きたいので、蒲田署まで来てほしい。」と求められて了承し、手錠や捕縄等を使用されることもないまま、パトカーに乗車し、午後五時四〇分ころ、蒲田署に到着した。

2  原告に対する取調べ

(一) 原告は、同日午後六時一五分ころから、蒲田署の取調室において、B警部補(刑事課)による取調べを受け、無断駐車した本件車両に車止めを掛けようとし、被告乙川から、殴打され、胸ぐらをつかまれて本件車両に強く押し付けるなどの暴行を受けたこと、車止めを奪われそうになってもみ合いとなり、弾みで車止めが頭部に当たり、同被告が受傷したことを説明したが、B警部補から、「相手は、無断駐車したことにお前が立腹し車止めを掛けてしまったので、それを外そうとしてしゃがんだら、もう一つの車止めで後ろから頭を殴られた、と言っている。その結果、頭が切れて、四針縫い、一週間のけがをした。お前の説明と全然違う。だから被害者は相手で、お前は加害者だ。」と告げられ、車止めは未だ施錠しておらず、被告乙川は一度もしゃがんでいないし、原告は同被告の背後に行っていないと反論したが、B警部補からは、「どちらが真実かは警察が判断することだ。俺は警察官だ。」と言われた。

(二) 原告は、その後、B警部補から、身上経歴等及び事実関係について取調べを受け、供述調書に署名押印を求められたが、車止めで被告乙川を殴った事実を原告が認めた記載部分は原告の供述と異なる旨を告げて署名押印を拒否し、同日午後八時ころ、逮捕すると告げられた。

(三) 原告は、同日午後八時ころ、弁護士松浦安人及び同松本和英に電話し、接見のための来訪を求めるなどした後、警視庁荏原警察署(荏原署)留置場に嘱託留置された。

(四) 原告は、その後、検察官送致(同月九日)、裁判官による勾留(同月一〇日)及び同月二八日までの勾留の延長(同月一八日)の決定を受け、これにより、同月七日から二八日まで二二日間にわたって身柄を拘束され、同日、検察官により、本件被疑事実につき不起訴処分とされて釈放されたが、同月八日から二六日ころまでの警察官及び検察官による取調べ中、一貫して、被告乙川から車止めを奪われそうになってもみ合いとなり、弾みで車止めが頭部に当たって同被告が受傷したと供述した。

3  原告の受傷と治療

(一) 原告は、被告乙川から受けた暴行により痛みが激しく(後記のとおり、胸部挫傷及び肋骨骨折の傷害を負っていた。)、B警部補に対し、同月七日夜の取調中数回にわたり、医師の診療を受けさせるよう求め、その都度、同警部補から、取調べが終わってから受けさせると告げられ、取調べ終了後、C巡査長(蒲田署警務課留置係)に対し、病院に連れて行くよう求めたが、原告の体調を確認することなく拒否された。

(二) 原告は、同月八日午前一一時過ぎころ、原告の弁護人松浦弁護士の要求により、高野病院(東京都大田区東糀谷三丁目三番二四号所在)において診察を受け、あご、前胸部及び左肘打撲等と診断され、治療を受けた。

(三) 原告は、同月一六日午後、取調中、D警部補(蒲田署刑事課)に対し、痛みの激しいことを訴えて医師の診療を受けさせるよう求めたが、同警部補から、病院は通院しないでいいと言っているとして拒否された。

(四) 原告は、同月一九日午後四時ころ、常田病院(東京都大田区西蒲田七丁目六〇番六号所在)において診察を受け、胸部打撲等について治療を受け、同年一〇月六日、高野病院において全身打撲との診断を受け、同月一二日、常田病院において、胸部挫傷及び右肋骨骨折により更に加療二週間を要するとの診断を受けた。

4  被告乙川の責任

(一) 被告乙川は、同年九月七日午後四時三〇分過ぎころ、A巡査部長とともに本件駐車場に来たE巡査長(蒲田署地域課地域第一係)に対し、原告から車止めで頭部を殴られたと申し立てた。

(二) 被告乙川は、同日午後七時ころ、F警部補(同署刑事課)に対し、原告の掛けた車止めを外して取り上げたところ、原告から、他の車止めで後頭部を殴られたと申し立てた。

(三) 被告乙川は、右のとおり、原告が同被告を車止めで殴ったとの虚偽の事実を警察官に申告し、原告を逮捕、勾留させた。

5  被告東京都の責任

(一) B警部補は、前記のとおり、相当な理由なく、違法な手続により原告を逮捕した。

(二) 蒲田署警察官らは、原告が、前記傷害による痛みが激しく、病院での医師の診療を受けることを求めたにもかかわらず、これを放置した。

(三) B警部補及び蒲田署の警察官らは、被告東京都の公務員である。

6  原告の損害

(一) 慰謝料 一〇〇〇万円

原告は、前科前歴を有しないにもかかわらず、逮捕勾留により長期間の身柄拘束及び取調べを受け、甚大な精神的損害を受けた。この損害を慰謝するには一〇〇〇万円が相当である。

(二) 弁護士費用 一四〇万円

原告は、本件原告訴訟代理人らを弁護人に選任し、手数料として各二〇万円を支払い、本訴の提起に当たり、同人らを訴訟代理人に選任し、手数料として各五〇万円を支払った。

二  本訴請求原因に対する被告乙川の認否

1  本訴請求原因記載1の事実について

(一) 同(一)の事実のうち、同年九月七日午後四時ころ、本件車両(被告乙川は、助手席に乗車していた。)が本件駐車場に無断駐車したこと、及び原告が二個の部品からなる車止めのうちチェーンの付いている側を右前輪後部に置き、チェーンを右前輪に回したことは認め、原告が同被告に対して主張のように声を掛けたことは否認し、その余の事実は、知らない。

(二) 同(二)の事実のうち、被告乙川が、運転席側のドアから降り、立ち上がった原告の左右のあごを手拳で一回ずつ殴打し、右手で原告の胸ぐらをつかんで本件車両に強く押し付け、左手で車止めの部品をつかんで奪い取ろうとし、原告を本件車両に強く押し付けたまま、原告のような大人がいるから世の中が悪くなるなどと言ったことは認め、その余の事実は、否認する。

(三) 同(三)及び(四)の事実は、知らない。

2  同2の事実について

同2の事実は、すべて知らない。

3  同4の事実について

(一) 同(一)及び(二)の事実は、認める。

(二) 同(三)の事実は、否認する。

(三) 被告乙川は、左記のとおり、原告から暴行を受け、警察官に申告した。

(1) 被告乙川は、部下のG運転の本件車両により顧客を訪問する途中道に迷い、同日午後四時ころ、本件駐車場に駐車し、Gに対し、道の向かい側の酒屋に道を聞きに行かせた。

(2) 被告乙川は、駐車後助手席で訪問先の確認のために携帯電話で通話中、物音に気付き、運転席側サイドミラーにより、右前輪脇にうずくまっている原告を認め、「何をしているのか。」と尋ね、原告から、「不法侵入だ。」と言われ、「今、酒屋に道を聞きに行っているだけです。」と述べたが、原告が、「関係ない。」と言って、本件車両に車止めを掛けようとしたため、運転席側ドアから降り、しゃがんで右前輪後部に巻かれていた車止めのチェーンを外そうとし、原告と引っ張り合いになって外したところ、立ち上がった原告から他の車止めで後頭部を殴打された。

(3) 被告乙川は、立ち上がって原告の胸ぐらをつかんで本件車両に押し付け、原告が更に加害行為に出ようとする威勢を示したため、ボールペンを持ったまま、右手拳で約二回顔面を殴打し、胸ぐらをつかんで原告を運転席に押さえ付け、本件車両に戻ってきたGに対し、原告から車止めを取り上げさせ、一一〇番通報するよう指示し、警察官の到着するまで約一〇分間にわたり原告を押さえ付けた。

(4) 被告乙川は、その間、原告に対し、「なぜ殴るのか。」と言い、原告から、「不法侵入する方が悪い。」、「蒲田に来て大きな面をするな。蒲田はどんな町か知っているか、そういう人間でないと商売なんかできない。」と言われ、原告に対し、「お前みたいな大人がいるから、この世が駄目になるんだ。」と言った。

(5) 被告乙川は、同日午後四時三〇分ころ、現場に到着したE巡査長によって原告と引き離され、事情聴取を受け、救急車で東邦大学医学部付属大森病院(大森病院)に搬送された。

4  同6の事実について

同6の各事実は、知らない(慰謝料額は、否認する。)。

三  本訴請求原因に対する被告東京都の認否

1  本訴請求原因記載1の事実について

(一) 同(一)の事実のうち、原告が有限会社プロパーテックの取締役であること、本件車両(被告乙川は、助手席に乗車していた。)が本件駐車場に無断駐車したこと、原告が二個の部品からなる車止めのチェーンの付いている側を右前輪後部に置き、チェーンを右前輪に回したことは認め、その余の事実は、知らない。

(二) 同(二)の事実のうち、被告乙川が、運転席側のドアから降り、立ち上がった原告の左右のあごを手拳で一回ずつ殴打し、原告の胸ぐらを右手でつかんで本件車両に強く押し付け、左手で原告が右手に持っていた車止めの部品をつかんで奪い取ろうとしたこと、及びその後も原告の胸ぐらをつかんで本件車両に強く押し付けたことはいずれも認め、その余の事実は、知らない。

(三) 同(三)の事実のうち、同日午後四時三〇分ころ、通報を受け、A巡査部長が(E巡査長とともに)本件駐車場に到着したことは認め、その余の事実は、否認する。

A巡査部長らは、パトカーで警ら中、通信司令本部から本件駐車場内で駐車をめぐるトラブル発生との一一〇番指令を傍受し、同日午後四時三〇分ころ、本件駐車場において、被告乙川が、後頭部を負傷し、作業服の後えりから背中の部分まで血を流した状態のまま、覆い被さるようにして原告を本件車両の運転席に押え付け、Gもその脇で原告の手を押さえているのを認めた。

E巡査長は、原告と被告乙川らを引き離し、同被告らから事情を聴取し、同被告から車止めを示され、原告に頭を殴られたとの申立てを受けた。

A巡査部長は、原告が引き離されると直ぐに付近に置いてあった車止めを持って本件駐車場の事務所へ立ち去るのを認めて後を追い、事務所内で、原告が同駐車場の管理人であることを確認し、「なぜ、このようなことになったのか。」と質問したが、原告から答えを得られず、その後、E巡査長から被告乙川らの供述内容について報告を受け、再度、原告に対し、「なぜ殴ったんだ。」と質問したところ、原告から、「無断駐車する方が悪いんだ。」、「生意気な口を利くのが悪いんだ。」、「過去にも、こういう駐車をされて困ったことがある。」、「この車止めは外国製で値段は高いんだ。」との応答を受けた。

(四) 同(四)の事実中、本件駐車場を出発した時刻及び蒲田署に到着した時刻は否認し、その余の事実は、認める。

A巡査部長は、原告が、本件駐車場に無断駐車した本件車両に車止めを掛けようとして被告乙川と口論となり、車止めで同被告の頭部を殴打して傷害を負わせたと判断し、同巡査部長らが本件駐車場に到着したとき既に同被告らが原告を取り押さえており、同被告らが原告を傷害の現行犯人として逮捕したものと認め、午後四時三二分ころ、同被告らから原告の引渡しを受け、同五〇分ころ、原告をパトカーに乗せて蒲田署に連行した。

2  同2の事実について

(一) 同(一)の事実中、原告が蒲田署の取調室においてB警部補による取調べを受けたことは認めるが、その余の事実は、否認する。

(二) 同(二)の事実のうち、B警部補が原告の身上経歴等及び事実関係について原告を取り調べ、供述調書への署名押印を求め、原告がこれを拒否したことは認め、その余の事実は、否認する。

原告の身柄拘束に至る経緯は、左記のとおりである。

(1) B警部補は、同日午後五時一五分ころ、蒲田署においてA巡査部長から原告の引致を受け、原告に対し、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、原告から、相手が原告の胸ぐらをつかんで暴行を加えたので、持っていた鉄製の車止めで殴ったとの弁解、及び松浦弁護士を弁護人に選任するとの申出を受け、弁解録取書を作成し、原告に読み聞かせて署名押印を求めたが、原告は、帰宅できないのであればサインはしないとして、署名押印を拒否した。

(2) 原告は、その後、B警部補の取調べに対し、身上経歴等に関しては供述したものの、被告乙川の頭部を殴打した事実については、他人の敷地に無断駐車した相手が悪いのに、自分だけ逮捕されるのは納得できないなどと言い、B警部補から供述調書を読み聞かされて署名押印を求められ、気持ちの整理が付かないなどと申し立てて署名を拒否した。

(3) 被告乙川は、同日午後七時ころから、F警部補に対し、同被告が運転席のドアから降車し、しゃがみ込んで、本件車両の右前輪に原告が掛けたチェーン付の車止めを外したところ、原告からその右手に持っていた車止めで後頭部を強く殴打されたため、原告のワイシャツのえり首付近をつかんで本件車両に押し付け、手拳で原告の顔面を一、二回殴打し、その後、本件駐車場に戻ってきたGとともに原告から車止めを取り上げ、原告を本件車両の運転席に押え付け、その間、原告から、警察を呼べば、お前たちが困ることになるぞ、とか、蒲田に来てでかい面をするな、蒲田はどんな町か知っているか、そういう人間でないと商売なんかできない、などと言われたと供述し、Gも、同日午後六時ころから、H巡査部長(蒲田署刑事課)に対し、同被告と同旨の供述をした。

(4) B警部補は、A巡査部長らが原告の引渡しを受けたときの状況、被告乙川らの供述内容及び原告の弁解内容等から、原告が車止めで同被告の頭部を殴打して傷害を負わせたと判断し、原告が暴力団に関係しているかのような言動で同被告を脅し、同被告の頭部を殴打した経緯について供述を拒否していること等から、留置の必要があると判断した。

(三) 同(三)及び(四)の事実は、認める。

原告は、同月八日、B警部補に対し、同月一六日、I巡査部長(蒲田署刑事課)に対し、同月一九日、D警部補に対し、一貫して、車止めで被告乙川の頭部を殴打した事実を否認し、同被告から胸ぐらをつかまれ、もみ合いになった際、持っていた車止めが弾みで同被告の頭部に当たっただけであると供述した。

3  同3の事実について

(一) 同(一)の事実は、否認する。

B警部補は、原告から、医師の診療を受けたいと求められていない。

C巡査長は、原告から左脇腹が痛むと訴えられたが、医師の診療を求められてはおらず、翌日診療を受けさせると原告に告げ、湿布薬を与えた。

(二) 同(二)の事実は、認める。

原告は、高野病院において、一〇日間程度の安静で軽快する見込みとの診断を受け、痛み止めの薬と温湿布薬の処方を受け、同行したJ警部補(蒲田署警務課留置係)は、医師から、原告の傷害が単なる打撲で、通院の必要はないと説明を受けた。

(三) 同(三)の事実は、否認する。

(四) 同(四)の事実中、原告が常田病院において診察を受け、胸部打撲等について治療を受けたことは認め、その余は、知らない。

J警部補らは、同月一三日及び一九日、荏原署留置係員から、原告の湿布薬がなくなったとの知らせを受け、高野病院において処方を得て同薬を同署係員に渡した。

4  同4の事実について

同(一)及び(二)の事実は、認める。

5  同5の事実について

同(一)及び(二)の各事実は、否認する。

6  同6の事実について

(一) 同(一)の事実中、原告が前科前歴を有しないことは認め、その余の事実は、否認する。

(二) 同(二)の事実は、知らない。

四  被告乙川の反訴請求原因

1  被告乙川は、前記二3(三)記載のとおり、前同年九月七日午後四時ころ、本件駐車場内において、原告から、鉄製の車止めで頭部を殴打され、加療約一か月を要する頭部裂創、左背部打撲及び右前腕部打撲等の傷害を受けた。

2  損害(計九九万一八一〇円中、請求額九七万二一七二円)

被告乙川は、原告の不法行為により、左記損害を被った。

(一) 治療費合計七万一五七〇円

(1) 大森病院(九月七日及び八日)

八五二〇円

(2) 片倉病院(同月一一日から一八日まで) 三六一〇円

(3) 石川接骨院(同月九日から一〇月六日まで) 五万九四四〇円

(二) 通院交通費(括弧内は、一日当たり) 合計二万〇二四〇円

(1) 大森病院(三八〇〇円)通院一日 計三八〇〇円

(2) 片倉病院(一九六〇円)通院三日 計五八八〇円

(3) 石川接骨院(九六〇円)通院一一日 計一万〇五六〇円

(三) 慰謝料 八〇万円

(四) 弁護士費用 一〇万円

五  反訴請求原因に対する原告の認否

反訴請求原因記載事実は、いずれも、否認する。

第三  当裁判所の判断

一  本件駐車場における無断駐車を巡る紛争の発生

1  被告乙川(ヤマト自動車硝子株式会社川崎営業所長)は、平成七年九月七日、部下のGの運転する本件車両に乗車して顧客の下へ向かう途中、道に迷い、同日午後四時ころ、有料駐車場である旨表示された本件駐車場に無断で本件車両を駐車させ、Gに、道の向かい側の酒屋まで道を聞きに行かせる一方、自らは携帯電話により訪問先の住所を確認していた。

(乙一三、被告乙川本人。被告乙川が、右日時、本件車両を無断で本件駐車場に駐車させたことは、原告と同被告との間では、争いがない。)

2  原告は、前同日同時刻ころ、有限会社プロパーテック(代表者原告)の経営する本件駐車場の事務所から、無断駐車している本件車両を認め、しばらく様子を見ていたが、運転席に人影が見えなかったため、チェーンにより部品を結んで施錠し、車輪を固定する車止めを手にして本件車両に近付き、運転席側の開いていた窓越しに、助手席の被告乙川に対し、「ここは月極の有料駐車場なので、無断侵入、不法駐車は困る。車止めを掛けるよ。」と声を掛け、しゃがんで車止めのチェーンの付いている側を右前輪の後部に置いてチェーンを右前輪に回した。

(甲五、七、八、原告本人。車止めの構造、原告が二個の部品からなる車止めのチェーンの付いている側を右前輪の後部に置き、チェーンを右前輪に回したことは、当事者間に争いがない。)

3  被告乙川は、原告を認めて運転席側のドアから降車し、「なんだ、この野郎、ばか野郎。」、「てめえ、この野郎、こんなものを掛けちゃって。」と怒鳴り、作業を中断して立ち上がった原告の左右のあごを一回ずつ殴打し、右手で原告の胸ぐらをつかんで本件車両に強く押しつけ、左手に持ったボールペン様の物で原告の鼻の右下部を抉り、さらに、右手で原告の胸ぐらをつかんだまま、左手で、原告が右手に持った車止めの部品(チェーンの付いていない側)を取り上げようとしてもみ合いとなり、原告が、「有料駐車場だから無断で入られては困る。」と言いながら、右手を後方に下げたり、頭上に挙げたり、開いたままになっていた運転席側ドアの窓の内側から外側へ突き出したりして車止めを同被告から遠ざけて取られないようにしたのに対し、同被告が、「なんだ、てめえ、このばか野郎。何で、こんなことしやがった。」、「てめえみたいな大人がいるから、この世の中悪くなる。」と怒鳴り、本件車両のもとに戻ったGに命じ、運転席側ドアの窓の内側から外側に突き出した原告の手から車止めを取り上げさせ、一一〇番通報させ(同じ頃、原告も、様子を見ていた近隣の者に対して警察への通報を求めた。)、警察官が到着するまでの間、Gとともに原告の身体を本件車両に押さえつけていた。右もみ合いの際、原告の持っていた車止めの部品が同被告の後頭部に当たり、同被告は、四針の縫合を要し、加療約一週間を要する頭部裂創等の傷害を受けた。

(甲八、九の一ないし四、丙一三、原告本人、弁論の全趣旨。被告乙川が、運転席側ドアから降り、立ち上がった原告の左右の顎を右手拳で一回ずつ殴打し、胸ぐらを右手でつかんで本件車両に強く押し付け、左手で原告が右手に持っていた車止めの部品を奪い取ろうとしたことは当事者間に、同被告が、「てめえみたいな大人がいるからこの世の中が悪くなる。」と言ったことは原告と同被告との間に、それぞれ争いがない。)

4 同被告は、その本人尋問(乙一三、丙七も同旨)において、降車後、再びしゃがんで車止めを装着しようとした原告と引っ張り合ってチェーンを外したところ、先に立ち上がった原告から車止めの他方の部品で、ガツンと衝撃を受ける程後頭部を殴られたと供述する。しかしながら、右供述部分は、以下の理由により採用することができない。すなわち、前記認定の同被告の傷は、その程度からして、原告が、重さ約一キログラム(甲七)の車止めの部品を利用して、意図的に、しかも、同被告の供述する程度の衝撃を受ける程度に殴ったと判断するには、多大な疑問がある。前記認定によれば、原告は、胸ぐらをつかまれながらも、車止めを持った右手を後方に下げ、頭上に挙げ、さらには、本件車両の運転席の窓の内側から外側に突き出し、窓の外側に突き出した状態のとき、同被告の指示を受けたGに車止めを取り上げられており、同被告に攻撃を加えるというよりは、車止めを奪われないように抵抗していたと認めるのが合理的である。また、原告と同被告の年齢差(当時、原告六〇歳超、同被告三〇歳未満。各本人尋問による。)及び身長差(原告の方が同被告より一〇センチメートル以上低い。同被告本人)を考慮すると、法廷における供述の内容から、年齢相応の分別を弁えていると窺われる原告が、同被告の供述するような態様で同被告に意図的に攻撃を加えることは通常考え難い。加えて、原告は、左右のあごを殴打され、胸ぐらをつかまれて本件車両に押し付けられ、暴言を浴びせられるなど、同被告の自認するもののみから見ても、同被告から、一方的に暴行を受けていると評しうる。さらに、同被告は、Gから教えられて出血していることを知った(同被告本人)のであり、原告から傷を負わされたことが同被告を右認定のような一方的な暴行を加える動機となったとは考え難い。これらの事実及び原告本人の供述を総合すると、原告が車止めの部品で同被告を故意に殴ったとは到底認め難いというべきで、前記認定のとおり、原告と同被告のもみ合いの過程で、(詳細は不明であるものの、)弾みで車止めが同被告の後頭部に当たり、傷を負ったと認めるのが合理的であり、他に、前記認定を左右するに足りる客観的証拠はない。

5 同被告は、本人尋問において、原告とのもみ合いの過程で、原告から、「自分は警察の防犯課を知っている。」、「蒲田に来てそんな大きな面をしていいのか、蒲田がどんな町か知っているか。蒲田に出入りできなくさせてやる。」と言われたとも供述する。しかしながら、反社会的組織との関係など窺うべくもない原告が、反社会的組織との関係を背景にするかのような言動をしたとも認め難い。

二  本件駐車場における警察官の到着後の状況

1  A巡査部長及びE巡査長は、パトカーに乗車して警ら中、通信司令本部から、本件駐車場において駐車をめぐるトラブル発生との一一〇番指令を受け、同日午後四時三〇分ころ、本件駐車場に到着し、E巡査長が、先に本件車両に近づき、被告乙川が作業服の後ろえりから背中の部分まで血を流した状態で覆い被さるようにして原告を本件車両の運転席に押え付け、Gも原告の手を押さえているのを認め、原告と同被告らを引き離し、同被告の頭部の負傷状況を確認した後、同被告から、本件車両の後部付近で事情聴取し、原告に車止めで頭を殴られたとの申立てを受け、救急車を要請し、同被告を大森病院に搬送させ、診察、治療を受けさせた。

(甲八、丙二一、証人田上、原告本人、弁論の全趣旨。右警察官らが右認定の時刻ころ本件駐車場に到着したこと、被告乙川らが原告を本件車両に押し付けていたこと、及び同被告が原告から車止めで殴られたと申し立てたことは、いずれも、当事者間に争いがない。)

2  A巡査部長は、無線による現場到着の連絡等を終えた後、本件車両に近づき、原告に対し、事情の説明を求め、原告から、要旨、無断で駐車した本件車両に車止めを掛けようとして被告乙川から殴打され、胸ぐらをつかまれて本件車両に強く押し付けられ、車止めを奪われそうになってもみ合いとなり、弾みで車止めが頭部に当たって同被告がけがをしたとの説明を受け、原告から、「もういいですね。」と言って本件車両から離れることについて了解を求められ、「はい、いいですよ。」と述べ、原告は、車止めの二個の部品を拾い上げて本件駐車場の事務所に戻った(甲八、丙二一、証人A、原告本人)。

3  A巡査部長は、E巡査長から、原告から車止めで殴られたとの被告乙川の申立ての内容を聞いた後、右事務所において、原告に対し、再度、同被告が負傷した経緯等について説明を求め、原告から前記同様の説明を受け、「もう少し詳しく事情を聞きたいので、蒲田署まで来てほしい。」と述べて蒲田署への同行を求め、原告の承諾を得、同日午後五時ころ、パトカーにより蒲田署に向かい、同日午後五時四〇分ころ、同署に到着した。A巡査部長は、本件駐車場において、原告に対し、原告が同被告らによって逮捕された事実を告げることもなく、また、蒲田署まで手錠や捕縄等を原告に使用することもなかった。

(甲八、丙二一、証人A、原告本人。A巡査部長が右認定のとおり告げて原告に同行を求め、原告を蒲田署に同行したこと、蒲田署まで手錠や捕縄を原告に使用しなかったことは、原告と被告東京都との間に争いがない。)

4 A巡査部長は、証人尋問において、本件車両の近くでは原告から事情を聴取しておらず、呼びかけに応じない原告を追いかけて事務所内に入り、事情を聞いてもなお、原告から答えが得られず、E巡査長から被告乙川の申立ての内容を聞いた後、原告に同被告を殴った理由を尋ねたのに対し、原告が、「無断駐車する方が悪い。過去にも、こういう駐車をされて困ったことがある。車止めは外国製で高い。」などと言ったと証言する。

しかしながら、原告の右供述部分についてのA証言は、両者間でおよそ問答になっておらず、本訴において、原告が、被告乙川や警察官らとのやりとりを具体的かつ克明に再現し、その内容に一貫性があり、矛盾するところも殆ど認められないことと対比すると、余りに不自然なやりとりというべきで、原告が供述したとは到底考えられず、A証言の右部分は、採用の限りでない。また、A証言中、A巡査部長らが本件駐車場を離れて蒲田署に到着した時刻に関する部分も、原告本人の供述と対比して信用し難く、採用の限りでない。

三  蒲田署到着後の当日の状況

1  B警部補は、A巡査部長及びE巡査長らから報告を受けた後、同日午後六時一五分ころから、蒲田署取調室において事情聴取し、原告から、無断駐車した本件車両に車止めを掛けようとし、原告の持つ車止めを奪われそうになって被告乙川ともみ合いとなり、弾みで車止めが当たり、同被告が後頭部を負傷したとの弁解を聞き、「相手は、自分が無断駐車したことにお前が立腹し、車止めを掛けてしまったので、それを外そうとしゃがんだら、もう片方の車止めで後ろから頭を殴られ、四針縫って一週間の怪我をしたと言っている。だから相手が被害者で、お前が加害者だ。」と言い、原告から、「相手は、最初に不法侵入、無断駐車をして、都合が悪いから嘘を言い続けなければならないんでしょうけれども、私は嘘を言う必要は全くありません。」と反論されたものの、「どちらが嘘かは、警察が決める。俺は警察官だ。」と言い、なおも、嘘を付いてはいないと抗議する原告に対し、同被告が被害者で原告が加害者であると告げた。

(甲八、原告本人)

2  F警部補は、同日午後七時ころ、蒲田署において、治療を終えた被告乙川から事情聴取し、原告の掛けた車止めを外して取り上げたところ、原告から他の車止めで後頭部を殴られたこと、本件駐車場において押さえつけている間にも、原告から、「俺は警察をよく知っているんだ。警察を呼べばお前たちが困ることになるぞ。蒲田に来てでかい態度を取るな。俺にはバックに暴力団が付いている。」などと言われたとの申立てを受けた。

(丙七、被告乙川本人。F警部補に対し、治療を終えた被告乙川が、原告の掛けた車止めを外して取り上げたところ、原告から他の車止めで後頭部を殴られたと供述したことは、当事者間に争いがない。)

3  B警部補は、その後、F警部補及びGから事情聴取したH巡査部長から報告を受け、原告を取り調べ、原告の身上経歴等及び事実関係について供述調書を作成し、読み聞かせて署名押印を求めたが、原告から、同被告の頭を車止めで殴ったと記載されている点が原告の供述と異なることを理由に署名押印を拒否され、午後八時ころ、原告に対し、「お前は、逮捕だ。身柄を拘束する。」と告げ、弁護士に連絡することができる旨を告げた。

(甲八、丙三、丙二二、証人B、原告本人。B警部補が原告を取り調べ、身上経歴等及び事実関係について供述調書を作成して原告の署名押印を求めたこと、及び原告がこれを拒否したことは、当事者間に争いがない。)

4  原告は、逮捕の事実を告げられた後、C巡査長らにより、所持品検査等を受け、午後八時ころ、本件訴訟代理人でもある松浦弁護士及び松本弁護士の事務所に電話で連絡し、本件駐車場における被告乙川らとの紛争、蒲田署に同行し、逮捕に至った経緯について説明し、接見のための来訪を求めたものの、同弁護士からは、明朝接見に訪れる旨告げられ、午後一〇時ころ、C巡査長らにより荏原署まで護送され、同署留置場に嘱託留置された。

(甲八、原告本人。原告が右弁護士らに電話で連絡し、荏原署に嘱託留置されたことは、当事者間に争いがない。)

5  A巡査部長(司法警察員)は、同日、本件駐車場において被告乙川が原告から殴打されて負傷し、原告がなおも殴りかかってくるのをGとともに押し付けて現行犯逮捕し、逮捕現場において原告の引渡しを受け、蒲田署において蒲田署司法警察員に引致したと記載された現行犯逮捕手続書(丙一はその写し)を作成した。

(丙一、二一、証人A)

6  被告東京都の主張等について

(一)  被告東京都は、原告が、同日午後五時一五分ころ蒲田署に到着し、同一七分ころから、B警部補によって弁解を録取されたと主張し、これに沿うB証人の証言及び丙第二号証(弁解録取書写し)が存する。しかしながら、原告が本件駐車場を出発し、同署に到着した時刻は前記認定のとおりであり、原告が同被告主張の時刻ころから弁解の録取を受けたとは認め難く、前記認定のとおり、原告は、同六時一五分ころから、同警部補から事情聴取されており、これが弁解の録取に当たると認めることができる。右弁解録取書写し(丙二)には、被告乙川に対する傷害の罪の疑いにより原告が逮捕された事実及び弁護人を選任することができることを告げられ、原告が車止めで同被告を殴った事実を認め、松浦弁護士を選任すると告げたかのような記載がされており、B証人も、記載に一致する証言をする。しかしながら、原告は、蒲田署到着後、B警部補から前記認定の事情聴取された際、被告乙川に傷害を負わせた容疑を受けていることを告げられたと認められ、これにより被疑事実の告知を受けたと善解することができないではないものの、右の際、原告が同被告に傷害を負わせたことを自認していたこと、原告が同被告により逮捕されたことを告げられたこと、及び弁護人を選任することができることを告げられて松浦弁護士を選任すると申し出たことについては、これを認め難い。殊に、原告が本件駐車場においてA巡査部長に経緯を述べて以来、一貫して被告乙川に対する故意による暴行を加えた事実を否定しており、蒲田署における警察官とのやりとりを巡る原告の本法廷における供述も、具体的で詳細を極め、矛盾も見られないことを考慮すると、犯した意識もない罪を原告が自認するとは到底考えられず、また、原告が逮捕歴を有しない者であることを考慮すると、逮捕の事実及び弁護人選任権を告げられて松浦弁護士の名を挙げながら午後八時過ぎまで約二時間(B証言に従えば、約三時間)も同弁護士に連絡することを求めないままに過ぎたということは余りにも不自然であり、これらの事実及び原告本人の供述と対比すると、B証言は信用できず、採用することはできない。

(二)  B証人は、弁解録取後、身上関係とともに事実について取調べをした際、原告が被告乙川に対して車止めで頭を殴ったことを自認したものの、気持ちの整理がつかないことを理由に原告が署名を拒否したと供述し、丙三号証(供述調書写し)にも、原告の身上関係の外に、原告が被疑事実を認め、右理由により署名を拒否したとの記載がある。しかしながら、前記理由により、原告が被疑事実を自認することは到底考え難く、ある意味で意思の強固な原告が、罪を認めながら、「気持ちの整理がつかない」などという不可解な理由で署名を拒否するというのも、一層考え難い。前記認定のとおり、原告は、被疑事実を否認しているにもかかわらず、これを自認する内容の調書が作成されたことを理由に署名を拒否したと認めるのが合理的であり、原告が被疑事実に係る罪を認めながら、署名のみを拒否したとするB証言は、信用の限りでなく、採用することができない。

四  翌日以降の取調べ

1  原告は、同月八日午前八時ころ、嘱託留置先の荏原署において、接見に訪れた松浦弁護士に対し、被告乙川が負傷した経緯、身柄を拘束されるに至った経過等を説明し、同弁護士から、罰金刑が相当な事案であり、事実を認めれば直ぐに釈放されるだろうと助言を受けたものの、全く身に覚えのないことであり認めるわけには行かないと述べて拒絶した(甲八、原告本人)。

2  原告は、同日午後、蒲田署においてB警部補の取調べを受け、要旨、原告が、無断駐車した本件車両に車止めを掛けようとし、被告乙川から、胸ぐらをつかまれて車止めを奪われそうになってもみ合いとなり、原告が車止めを頭上に挙げるなどして抵抗し、同被告が引っ張った弾みで車止めが当たり同被告がけがをしたとの説明を繰り返し、原告の供述のとおり録取した供述調書を作成されて読み聞かされ、署名押印した(甲八、丙四、原告本人)。

3  被告乙川は、同月二一日、蒲田署において、K警部補(同署)に対し、従前と同旨の供述をした(丙一六、被告乙川本人)。

4  原告は、その後、検察官送致(同月九日)、裁判官による勾留の決定(同月一〇日。後同月二八日まで延長された。)を受け、これにより、同月七日から二八日まで二二日間にわたって身柄を拘束され、同日、検察官により、不起訴処分とされて釈放されたが、同月八日から二六日ころまでの警察官及び検察官による取調べ中、一貫して、被告乙川から車止めを奪われそうになってもみ合いとなり、弾みで車止めが頭部に当たって同被告が受傷したと供述した(甲八、丙一四、一五、弁論の全趣旨。原告と被告東京都との間では争いがない。)。

五  原告の受傷と治療

1  原告は、同月七日夜、取調べ中、B警部補に対し、数回にわたり、痛みを訴え、医師の診療を受けさせて欲しいと頼み、同警部補から、その都度、取調べの終了後診療を受けさせると言われ、午後八時ころ、逮捕すると告げられ、所持品検査を受けた際、C巡査長に対し、取調べを受けた警察官から終了後診療を受けさせると言われたと説明し、原告に医師の診療を受けさせるよう求め、「そんな話は何も聞いていない。」と言って拒否する同巡査長に対し、なおも、「苦しいですから、痛いですから。」と、何度も求めたが、同巡査長から拒否され、原告の要求により、湿布薬三枚を渡された。原告は、前記のとおり、荏原署に嘱託留置され、痛みのため、自ら湿布薬を貼ることができず(同房者の助けを得て貼った。)、よく眠ることもできず、同月八日朝以降も、同房者により、掃除や寝具の片付け等の留置場内での作業をしてもらった(甲八、原告本人、弁論の全趣旨)。

B証人は、取調べ中、原告から体の不調や治療を受けたいとの申出を受けたことはないと証言するが、原告本人の供述と対比し、また、後記認定のとおり、原告は胸部挫傷、右肋骨骨折の傷害(それが原告が逮捕及び勾留されていた間に生じたことは原告の主張しないところであり、他に原因が考えられない以上、被告乙川とのもみ合いにより生じたと認められる。)を受けていたのであり、受傷の程度、部位等に鑑み、右取調べ当時においても、相当の痛み、苦痛を覚えていたことは推認に難くないことを考慮すると、右証言は、採用の限りでない。

2  原告は、同月八日午前八時ころ、接見の際、松浦弁護士に対し、「身体が痛いから医者に連れて行ってくれと言っても、警察は、連れて行ってくれない。」と訴え、同弁護士の要求により、同日午前一一時三〇分ころ、J警部補に伴われ、高野病院において診療を受け、陳医師に対し、両腕、胸部、背部及び脇腹全体が痛く、息苦しいと訴え、同医師により、あご、前胸部及び左肘打撲等と診断され、温湿布薬と痛み止めの服用薬の処方を受け、その後、同月一三日及び一九日、温湿布薬の追加処方を受けた外、同月一一日、家族からも湿布薬の差入れを受けた(甲八、丙一九、二〇、原告本人、弁論の全趣旨。松浦弁護士の要求により、原告が、右認定のころ、同病院において診療を受け、右認定のとおり診断を受け、追加処方分をも含め、右各薬の処方を受けたことは、原告と被告東京都との間に争いがない。)。

3  原告は、同月一一日、激しい痛みが続き、荏原署の係官に対し、医師の診療を受けさせるよう求めたが、同係官から、病院が診察する必要がないと言っていることを理由に蒲田署の警察官が原告の要求を拒否したと告げられ、同月一二日、荏原署の係官に対して同様の要求をしたのに対しても、同旨の理由により蒲田署の警察官らが要求を拒否したと告げられ、同月一六日、D警部補に対し、「診察に是非連れて行ってほしい。身体の痛みも苦しみもあるから、是非連れて行ってほしい。」と診療を受けさせるよう求めたが、同警部補から、「病院はもう診察する必要はないと言っている。今日はもう土曜日だから病院は休みだ。」と言われて拒否された(甲八、原告本人)。

4  原告は、同月一九日午前一一時三〇分ころ、妻ら家族の面会の際、被告乙川との紛争、原告が取調べを受け、留置された経緯、痛みを訴えて医師の診療を求めても、警察に拒否されていること等を話し、同日午後四時ころ、常田病院で受診し、胸部打撲の診断を受け、治療を受けた(甲八、原告本人。原告が同日常田病院で受診し、胸部打撲と診断され、治療を受けたことは、原告と被告東京都との間に争いがない。)。

5  原告は、同年一〇月六日、高野病院において、全身打撲の診断を受け、同月一二日常田病院において、胸部挫傷及び右肋骨骨折により、更に加療二週間を要するとの診断を受け、その後、同月中に十数回通院して治療を受け、同八年四月か、五月ころ、痛みが軽快した(甲三の一及び二、甲八、丙一九、二〇、原告本人)。

六  原告の逮捕手続について

1 検察官、検察事務官及び司法警察職員以外の者は、現行犯人を逮捕したときは、直ちに犯人を検察官又は司法警察職員に引き渡さなければならず(刑事訴訟法第二一四条)、現行犯人の引渡しを受けた司法巡査は、これを司法警察員に引致しなければならず、司法警察員は、直ちに犯人に対し、犯罪事実の要旨、弁護人を選任することができる旨を告げ、弁解の機会を与えなければならない(同法二一五条、二一六条、二〇三条)。

前記認定のとおり、原告は、被告乙川により、本件車両に押し付けられ、身体の自由を奪われており、逮捕されたと認められるものの、A巡査部長は、本件駐車場到着後、原告から、同被告との紛争について説明を受けた後、原告が警察官の下を離れて事務所に戻るに任せ、格別、原告の行動に制限を加えてもおらず、後に同意を得て原告を蒲田署まで同行している。もとより、警察官においても引渡しを受けた犯人の身柄の物理的な拘束を継続しなければ逮捕の要件に欠けると解すべきものでもないが、右認定の事実の下では、A巡査部長らは、原告が被告乙川によって逮捕され、同被告から犯人の引渡しを受けたと認識していたかどうかも疑わしい。

右の点は措いても、司法警察員であるB警部補は、前記のとおり、前同年九月七日午後六時一五分ころ行った弁解録取の際、原告に対し、犯罪事実の告知をしたと善解しうるものの、原告が被告乙川によって逮捕された事実、弁護人を選任することができることを告げておらず、到底適法な弁解録取が行われたということはできない(前記のとおり、弁解録取手続をした時刻を偽り、原告において自認してもいない犯罪事実を自認したかのように記載された弁解録取書の写し(丙二)があるが、原本があるのであれば、内容が虚偽の文書と解する外なく、現行犯逮捕手続書ともあいまって、これらによって、検察官及び裁判官を欺き、原告を勾留させたもので、これを作成した者の責任は、軽くはない。)。

2 本件において、被告乙川が、受傷して出血し、原告に車止めで殴打されたとの真実と異なる事実を供述している以上、原告が故意による傷害の犯罪事実について容疑を受けるのは避け難かったところである。司法警察員であるB警部補は、原告の蒲田署到着後、速やかに、原告に対し、原告が同被告により逮捕された事実、逮捕に係る犯罪事実、及び弁護人を選任することができることを告げ、刑事訴訟法に従った弁解録取の手続をすべきであった。右弁解録取の手続を経ないまま、後に原告の身柄の拘束の必要を認めた場合、警察官は、同法に従い、緊急逮捕するか、又は裁判官の令状を得て逮捕する外なく、右弁解録取の手続を経ることなく、私人による現行犯逮捕を前提として原告の身柄の拘束を継続することは、違法である。

七  原告の診療要求に対する取扱いについて

前記のとおり、蒲田署警察官らは、原告が痛みを訴え、これについて医師の診療を求めているにもかかわらず、松浦弁護士から要求された場合等限られた場合を除き、診療を受けさせていない。適法に逮捕され、勾留された被疑者が、逮捕及び勾留に伴う制限上、要求どおりに常に診療を受けることができるというものでないことは容易に理解しうるものの、前記認定のような原告の受傷についての診療の要求に対する蒲田署警察官の取扱いは、違法な手続により身柄の拘束を受けている原告に無用の苦痛を与えるもので、違法である。

八  被告らの責任

1  被告乙川

右認定のとおり、同被告は、その事実がないにもかかわらず、原告から故意に傷害を負わされたとの虚偽の事実を警察官に告げ、原告が逮捕され、勾留されるに至らせたのであり、不法行為に基づき、原告の被った後記損害を賠償すべきである(両者の行為があいまって原告に損害を与えたことが明らかであり、被告東京都と(不真正)連帯債務を負う。)。

2  被告東京都

前記の蒲田署警察官らは、違法な現行犯逮捕手続又は令状を得ない違法な逮捕手続により、前記のとおり、長期間にわたって原告の身柄を拘束したのであり、その原因が被告乙川の虚偽の申告に基づくとは言え、原告に対する権利侵害は著しいものがあり、あまつさえ、本件において、警部補という幹部警察官の地位にありながら、法廷において正確な事実を述べないというのは言語道断というべきで、右警察官らが被告東京都の職員である(争いがない。)以上、同被告は、前同様の理由により、被告乙川と連帯(不真正)して、原告の被った損害を賠償すべき責任を負う。

九  原告の損害

1  慰謝料 三〇〇万円

本件の経緯に鑑みると、原告においても、従前無断駐車され、迷惑を被った事情がある(原告本人)にもせよ、その経験から、他人の管理する駐車場に断りなく駐車し、これを悪いことと思わない者がいることは経験上知っているのであり、被告乙川も、無断駐車に至る経緯及びその後の経緯等、前記認定の経緯から、自己の非すら気づかない者の一人と言ってよく、車止めを掛けるについて十分な予告をしておれば、理由のない暴行を受けることもなかったとも言え、自ら回避しえないではない暴行であったということができる。

しかしながら、虚偽の事実を申告されて逮捕、勾留されるいわれはないのであり、また、違法な手続によりされた逮捕を甘受しなければならないいわれもない。より非難されるべきは、もとより、虚偽の事実を申告して逮捕、勾留に至らせた被告乙川であり、違法な手続により逮捕して身柄拘束した警察官である。

これらの事情を考慮すると、原告が違法な手続により逮捕、勾留され身柄の拘束を受けたこと、及び身柄の拘束中、診療を受ける機会を与えられず、受傷による痛みを耐えることを強いられたことによる精神的苦痛を慰謝するに足りる賠償額は、標記の金額をもって相当とする。

2  弁護士費用 三〇万円

原告が本件訴訟の追行を原告訴訟代理人らに委任したことは当裁判所に顕著であり、これに費用及び報酬の支払を約束したことも、弁論の全趣旨により認めることができる。これらのうち、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認めるべきものは、本件の訴訟の内容その他諸事情を考慮し、標記の金額をもって相当とする。

一〇  被告乙川の反訴請求について

原告が車止めで意図的に同被告の頭部を殴打したことを前提とする同被告の反訴請求は、以上に判断してきたところによれば、理由がないことが明らかであり、その余の点を検討するまでもなく、同被告の反訴請求は、棄却を免れない。

一一  結論

よって、原告の被告らに対する本訴請求は、各自三三〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成七年九月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、原告のその余の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、被告乙川の反訴請求は理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官江見弘武 裁判官柴﨑哲夫 裁判官高島義行)

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